地域猫活動に取り組んで10年以上。 東京都台東区の試みを取材しました

2017.02.01

地域猫活動に取り組んで10年以上。 東京都台東区の試みを取材しました

街の中で日差しを浴びながら、のんびりひなたぼっこをする猫ちゃんの耳に切り込みがあったら、それは「地域猫」の証。今回は、10年以上にわたる地域猫活動と研究が評価され、2016年9月の「全国公衆衛生獣医師協議会全国大会」で「最優秀」に選ばれた台東区の「地域猫」活動を取材しました。

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地域猫活動の中心は住民のボランティアです

地域猫とは、飼い主がいない、いわゆる「野良猫」に不妊去勢手術を施すことで野良猫を増やさず、エサの管理や糞尿の片付けを地域の住民が共同で行うことで、一代限りの命を地域で大切に見守っていくという活動です。野良猫の寿命は3~5年といわれていますから、野良猫を繁殖させなければ、自然に数が減っていくという考えに基づきます。
横浜市職員で獣医師の黒澤泰先生が行政で初めて地域猫の考え方を発案し、実施したといわれています。

地域猫活動で重要なのは、猫を捕獲して不妊去勢手術をした後(手術済みの証として片方の耳に切り込みを入れます)、エサの管理や糞尿の片付けなど衛生管理も地域のボランティアが共同で行うということです。また、地域猫活動を行う地域の町会(町内会)などと話し合い、活動を理解してもらうことが最も重要です。
行政は、不妊去勢手術の費用を助成したり、ボランティアの活動をバックアップしたりします。

台東区台東保健所は平成17年度に、この地域猫活動への取り組みを開始しました。現在は、台東区で不妊手術1万円、去勢手術5千円の助成金を出し、講習会を実施してボランティアのバックアップを行っています。
行政が前例のない活動に取り組むときは困難がつきものですが、地域猫活動も、並大抵の苦労ではなかったといいます。

台東区 地域猫
<ボランティアが与えたエサを食べる地域猫(台東区提供)>
台東区 地域猫
<繁華街で、ボランティアが与えたエサを食べる地域猫(台東区提供)>

猫は狂犬病予防法の適用がないので捕獲ができない

台東区は、区全体の7割を商業地域が占め、上野や浅草など飲食店も多く、ネズミ対策として猫を放し飼いにする人が多かったといいます。また、お寺や神社、墓地などが多いため、猫を捨てにくる人が多くいました。捨てられた猫を可哀想に思った人がエサやりをすることで「野良猫」が増えてしまい、行政に「野良猫をなんとかしてほしい」という鳴き声や糞尿に関する苦情が多くありました。

「犬は狂犬病予防法がありますから、法律が定める要件のもとで捕獲することができます。しかし、猫には根拠となる法律がありませんから、行政は野良猫を捕獲して処分することはできません。また、餌やりを一切禁止して猫を餓死させるのは、動物愛護の理念にそぐいません。“野良猫をすべて保護して譲渡先を探す”というのはボランティアさんに大きな負担となりますし、一度野良猫になった猫を家で飼うのは難しいので、現実的ではない。そこで、黒澤先生が提唱されている“地域猫”活動を台東区で進めるしかない、という結論に達しました。当時の台東保健所生活衛生課係長、三宅佳弘氏(以下、三宅元係長)の英断だと思います」(高松純子・台東区保健所生活衛生課係長、獣医師。以下高松係長)。

台東区 地域猫
<左から高松純子・台東保健所生活衛生課係長、三宅佳弘元係長>

まず、「当事者」の把握に努めました

地域猫活動を台東区で進めていくために、まず必要となったのは「当事者」の把握でした。

保健所に野良猫の被害を訴えてきた人たちと、猫にエサを与えている人たちを集め、会議を開催したのです。
当然、猫を嫌がる人は苦情を言い、猫を愛する人は動物愛護を唱えるという双方の考えが衝突する場となりましたが「問題点を把握する上で、最初に本音がぶつかり合ったことは非常に良かったと思います」(高松係長)。

発情期の鳴き声や、猫が増えることは不妊去勢手術で防止できる。エサ場が散らかることや糞尿が問題だから、エサを与えたボランティアは、猫の食べ残しや糞尿をきちんと片付ける。猫のトイレは商店街の植え込みなどの目立たないところに置き、そこに排泄させるようにする。地域猫の数や、どんな猫がエサ場に来ているかをボランティアがきちんと把握する。

ひとつひとつ、当事者同士で問題を提起し、その解決法を示すことで、納得してもらったといいます。


「地域猫ボランティア団体」がない台東区

地域猫活動を行う団体のリーダーと行政の担当者が相談や折衝などを行う自治体が多い中、台東区の地域猫活動は「団体」がなく、個々のボランティアがそれぞれ責任を持って活動しています。

「会議を何回も重ね、猫を愛する皆様と接したとき、台東区では、同じ猫が好きな方でもいろいろな考えがあることがわかりました。それなら、無理にひとつの団体としてまとまらず、それぞれの方がそれぞれの個性を生かして活動していただいたほうがうまくいくのでは、と考えました」(高松係長)。

まず台東区は、地域猫ボランティアの希望者に講習会を受講してもらい、台東区が進めようとしている地域猫活動についてきちんと理解してもらった上で、実際に活動を行ってもらうことにしました。講習会を受講した方にはボランティア手帳とパトロール腕章を配付し、活動時には必ず腕章を付け、手帳を携帯してもらうようにしています。

「猫にエサを与えていると、事情を知らない地域の方から注意されることがあります。そんなときは、手帳と腕章を見せていただいた上で、区と協働して地域猫活動をしていることを説明していただければ、トラブルを防げます」(高松係長)。

そのほかにも、台東区は様々な講習会を実施しています。まめに顔をつきあわせて意見を交換することで、より良い施策が実施できるという考えに基づきます。

タイプ別地域猫講習会

区外から捨てに来る人への対策

地域猫活動が定着しつつあった頃、別の問題が発生しました。台東区の地域猫活動が報道され、広く知られはじめると、

「台東区は猫の楽園だ」

と勘違いして、猫を捨てに来る人がいたのです。

ボランティアさんと保健所がともに対策を考える中、あるボランティアさんが言いました。
「猫の楽園だと勘違いするから、捨てる人がいるのだと思います。そんな人に“ここに猫を捨てないでください”と言っても、聞いてもらえるとは思えません。実際は猫を捨てると、カラスに襲われて無残にも殺され、食べられてしまう実態をきちんと伝えたほうがいいのではないでしょうか」

そこで作られたのが、このポスターです。

台東区 地域猫
<「谷中霊園内に捨てられた子猫は、カラスに襲われ、死んでしまいます」と書かれたポスター>
台東区 地域猫
<「動物の遺棄・虐待は犯罪です」と書かれたポスター>

このようなショッキングな内容のポスターには、賛否両論あるかもしれません。台東区在住の筆者がこのポスターを知ったのは、息子が保育園のときでした。帰ってきた息子が「きょうね、やなかれいえんで、おさんぽしたときに、ねこのえがかいてある、ポスターがあったの。みんなで、なんてかいてあるの?ってせんせいにきいたら、ねこちゃんをすてるひどいひとがいて、すてられたねこちゃんはカラスにたべられるってかいてあるって。ひどいことするひとがいるね」と涙ながらに訴えてきたのです。
先生に伺ったところ、その話を聞いた保育園の子たちは一様にショックを受け、猫を助けたいと言っていたそうです。この子たちは全員、猫を捨てない大人に育つでしょう。教育的な意味でもこのポスターは素晴らしく、ぜひ、ほかの自治体の皆様にもご参考にしていただきたいと筆者は考えます。


平成27年度には子猫の引き取り数ゼロを達成

地域猫活動を10年以上続けた今、数字の上でも台東区はめざましい成果を上げています。

グラフからは、不妊去勢手術数の累計と地域猫ボランティア数が増えるごとに、成猫や子猫の引き取り数と路上の猫の死体数が減っていることが読み取れます。苦情件数も410件から72件まで減っています。
路上の猫の死体数が減っている理由としては、野良猫の総数が減っていること、不用意に道に飛び出す子猫が減っていること、そして地域猫が寿命を間近にして弱ってくると “最後は温かい場所で”と自宅で看取るボランティアさんがいることなどが考えられます。
地域猫活動は、「野良猫」減少に効果があることを、これらの数字が物語っているといえるでしょう。

現在の地域猫ボランティア数は350人以上、男女比は1:9ですが、働いている人、リタイアした人、専業主婦、自営業など様々な人が、それぞれの地域で活動してくれているとのことです。

台東区 地域猫
(資料提供)台東区

台東区で地域猫活動が「成功」した理由は「街の絆」にありました

台東区で地域猫活動が目覚ましい成果を上げた理由として、平成24年から町会や商店街単位での地域猫活動を進めたことが、下町でもともと地縁が強く、町会の活動が活発だったため、地域密着型の地域猫活動との親和性が高かったことなどが挙げられます。

地域とボランティアがうまく連携して、地域猫活動を通してコミュニケーションを活性化したことで、新規住民と旧住民の折り合いがうまくいくようになった町会もあるとのことです。


大切なのは地域猫活動を「継続」すること

数値的な「成功例」を台東区が提示できる今、自治体が新たに地域猫活動を始めることは簡単かもしれません。しかし、地域猫活動で最も大切なことは「継続」です。

「地域猫活動の主役はボランティアさんです。かといって、行政がボランティアさんに“やってくれ”と言うだけでは、活動は続きません。ボランティアさんと行政が話し合いを重ねて信頼関係を築いた上で町会などに紹介して、地域からボランティアさんが信頼を得ていただくことが重要です。また、地域猫活動に速効性はないということを、ボランティアさんも地域にも理解していただくことが大切です。台東区も、10年続けてやっと“この活動は間違っていなかった”と数値的にも自信がもてるようになりました。継続が本当に大事な活動なので、ボランティアの皆様方には、頑張りすぎないでください、といつも申し上げています。そして、我々行政は、後方支援を一生懸命、継続して行うこと。これに尽きます。また、もし、地域猫活動をされている方を見かけたら、お疲れ様です、とか、ご苦労様です、とか一言声をかけてくださるととてもうれしいです。ボランティアさんのやり甲斐は、猫はもちろん、地域の役に立っているということなのですから」。

地域猫の団体をつくらず、個々のボランティアさんとそれぞれ話し合うのは正直、面倒くさくないですか?と尋ねた筆者に対して、

「いろいろな考え方のボランティアさんがいて、とても勉強になりますし、やりがいがありますよ」

とさらりと笑顔で答えてくださった高松係長。筆者が動物愛護活動を通じて一番苦労したのは、人間関係でした。笑顔の奥に、たくさんのご苦労があったのではと推察します。今回、その研究成果が最優秀賞を受賞されたことは、台東区はもちろん、高松係長や地域猫活動に携わる皆様にも大きな励みになったのではないでしょうか。

この記事をお読みいただいて、地域猫活動をしたいと思われた方は、ぜひご自分が住んでいる地域の区役所、市役所、保健所などに相談をしてみてください。
すべての猫ちゃんの幸せを祈っています。

資料提供・取材協力:台東区台東保健所生活衛生課


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石原美紀子

石原美紀子

青山学院大学卒業後、出版社勤務を経て独立。犬の訓練をドッグトレーニングサロンで学びながら、愛玩動物飼養管理士1級、ペット栄養管理士の資格を取得。著書に「ドッグ・セレクションベスト200」、「室内犬の気持ちがわかる本」(ともに日本文芸社)、「犬からの素敵な贈りもの」(出版社:インフォレスト) など。愛犬はトイ・プードルとオーストラリアン・ラブラドゥードル。


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