犬の遺伝性疾患(遺伝子病)とは
「遺伝性疾患」(遺伝病)という言葉を耳にすることがあります。遺伝性疾患は、遺伝子の異常が原因で起きる疾患で親から子へ受け継がれる場合があります。遺伝子病の症状は様々で運動障害や視覚障害、時には生死に関わる病気を生まれながらに持って誕生するワンちゃんがいます。
遺伝性疾患には「染色体異常」「単一遺伝性疾患」「多因子遺伝性疾患」などがあります。染色体異常について、犬は38対の常染色体と1対の性染色体を持ちます。
報告例として染色体異常に関する報告は少なく、日常診療で染色体検査が行われていないのと、致死的な病例が多いのが理由として挙げられます。
2019年現在では、遺伝子検査で異常を判別できるのは、単一遺伝性疾患が主になっています。単一遺伝子疾患はその名の通り、ある特定の遺伝子の変異が発症の原因となるため、原因遺伝子変異を特異的に検出する遺伝子型検査で検知することができます。
遺伝病には数多くの種類が存在し、長い歴史の中でたくさんの飼い主、またワンちゃんが遺伝病で涙を流してきました。
遺伝子病が現在でも撲滅できない理由は様々ありますが、ペットブームや私たち飼い主の都合、コスト、ブリーダーの責任など主な理由は私たち人間にあると言えるでしょう。
遺伝子病は親から子へ引き継がれると述べましたが、私たち飼い主の目から見ただけでは、遺伝性疾患の有無はわからないことが多く、遺伝性疾患の特定には獣医師の診断や遺伝子検査が必要となる場合もあります。
最近では各ペットショップなどでも遺伝子病撲滅に向けた取り組みが始められています。遺伝子病遺伝病の研究が進みつつある現代において、ブリーディング等を適切に行うことで避けられる病気がいくつもあります。
遺伝子病は根本的な治療法がありません。遺伝子病撲滅のためには飼い主、ブリーダー、ペットショップ、獣医師などが一丸となって少しずつでも取り組みを進めることが重要あり、
私たち飼い主は遺伝子病について知識として理解しておくことが必要であると考えます。
まずは遺伝性疾患にはどのようなものがあるのか、獣医師の小林充子先生に、犬の代表的な遺伝性疾患について伺いました。
進行性網膜萎縮症(PRA)
◆どんな病気?
網膜が次第に萎縮していき、最終的には視力を失う劣性遺伝の疾患です。
◆好発犬種は?
プードル、ダックスフンド、チワワ、ゴールデン・レトリーバー、ラブラドール・レトリーバーなどによくみられます。
◆どんな症状が出る?
はじめのうちは、薄暗い場所をお散歩していたら電柱にぶつかった、夕方の部屋でソファーにぶつかったなど、もしかしたら見えていないのかも? という行動が見られます(夜盲症)。症状が出始めてから1~2年で失明します。
◆何歳頃から発症する?
早ければ生後3~4カ月で発症する場合がありますが、6~7歳で発症する場合もあります。6~7歳で発症した場合、若年性白内障などと発症時期が重なるため、PRAと気付かないこともあります。
◆治療法は?
PRAは現在のところ有効な治療法がありません。PRAと判明した犬を繁殖ラインから外していくことが望まれます。
フォンウィルブランド病(VWD)
◆どんな病気?
出血したときに血が止まらなくなる血液凝固異常の疾患で、劣性遺伝です。血中の糖タンパク質であるフォンウィルブランド因子の構造異常が原因なので、この名で呼ばれます。
◆好発犬種は?
ウェルシュ・コーギー・ペンブローク、プードル、ドーベルマン・ピンシャー、スコティッシュテリア、ミニチュア・シュナウザーなどです。
◆どんな症状が出る?
・爪切りで深爪をして出血したときに、血が止まらない
・血尿が出る
・鼻出血が止まらない(犬の鼻血は、何らかの異常のサインです)
・歯肉からの出血が止まらない
・不妊手術をしていないメスのワンちゃんがヒートを迎えたとき、出血が多い
・去勢・不妊手術など、手術のときに出血が止まらない
など、「血が止まらない」「不正出血がある」がサインです。
◆何歳頃から発症する?
発症年齢は特に決まっていません。フォンウィルブランド因子の構造異常をもつワンちゃんが生まれ落ちた瞬間から亡くなるまでの、いつ発症するかがわからない疾患です。
◆治療法は?
フォンウィルブランド因子の量が低下している1型、質的な異常がある2型、完全に欠損している3型にわかれますが、いずれの型も完治することはありません。投薬や輸血などで維持していく必要があります。もっとも、怪我や抜歯時、出産時、手術中などに異常出血を起こして死に至ることがあるので、早く気付いてかかりつけの動物病院とケアし、繁殖ラインから外すことが必要です。
変性性脊髄症(DM)
◆どんな病気?
脊髄が変性して、徐々に歩行ができなくなる劣性遺伝の遺伝性疾患です。
◆好発犬種は?
ウェルシュ・コーギー・ペンブローク、プードル、ボーダー・コリー、フレンチ・ブルドッグ、パグ、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、ジャック・ラッセル・テリア、ビーグル、ラブラドール・レトリーバーなどです。
◆どんな症状が出る?
後ろ足がなんとなくふらつき、おしりを振って歩く「モンロー・ウォーク」や、足のつま先を地面に擦りながら歩いたり、地面に付いた足の甲が元に戻らなかったりする「ナックリング」が見られます。数ヶ月のうちに徐々に悪化し、やがて後ろ足が立たなくなります。症状が進行すると前足もふらつきはじめ、立てなくなります。最終的には呼吸器不全となり、息ができなくなってしまいます。
初期症状が椎間板ヘルニアと非常に似ており、椎間板ヘルニアとの鑑別が重要となります。特定しにくい疾患なので、DMと確定診断を受けた犬を繁殖ラインから外していくことが重要です。
◆何歳頃から発症する?
数ヶ月の子犬のうちに発症することもありますし、14歳で発症した例もあります。
◆治療法は?
残念ながら、DMには根本的な治療法がなく、脊髄障害の進行を遅らせるためのリハビリや、痛みなどへの対症療法が中心となります。
神経セロイドリポフスチン症(NCL)
◆どんな病気?
中枢神経の変性によって脳に「セロイドリポフスチン」という老廃物がたまり、小脳に障害が起こります。劣性遺伝です。
◆好発犬種は?
ボーダー・コリーに多く見られます。
◆どんな症状が出る?
ふらつきや麻痺、けいれん、物にぶつかるなどの視覚障害、物音などへの怯えや頭部を左右に振るような行動異常などが見られます。
◆何歳頃から発症する?
生後数カ月の子犬のうちから発症することもあります。発症すると進行が早く、2~4歳くらいまでには死んでしまう難病です。
◆治療法は?
有効な治療法はありません。
捕捉好中球症候群(TNS)
◆どんな病気?
白血球の1つである好中球に、欠乏などの異常がある疾患です。劣性遺伝です。
◆好発犬種は?
ボーダー・コリーに多く見られます。
◆どんな症状が出る?
体が弱くて元気がなかったり、慢性の下痢や発熱を繰り返したりします。
◆何歳頃から発症する?
生後数ヶ月の子犬のうちから発症し、ほとんどが生後4カ月くらいまでに死んでしまいます。進行が早く、長くても2歳~3歳くらいまでしか生きられません。
◆治療法は?
治療法はなく、必ず死に至る遺伝性疾患です。
GM1ガングリオシドーシス
◆どんな病気?
ガングリオシドが中枢神経系に蓄積することにより、さまざまな神経症状や機能障害を起こす劣性遺伝の遺伝性疾患です。
ガングリオシドは脳・神経組織に多く含まれる細胞膜の成分で、通常は代謝されます。ところが、細胞小器官の一つであるライソゾーム内酵素が欠損していたり、異常に低下してしまっていたりすると、ガングリオシドが中枢神経系に蓄積してしまうのです。
◆好発犬種は?
柴犬に多く見られます。
◆どんな症状が出る?
ふらつきや麻痺、けいれん、物にぶつかるなどの視覚障害、物音などへの怯えや頭部を左右に振るような行動異常などが見られます。
◆何歳頃から発症する?
生後5~6カ月頃から発症します。
◆治療法は?
治療法はなく、生後13~15カ月で死に至ります。
遺伝子検査で判明する遺伝性疾患もあります
PRAやフォンウィルブランド病など約30種類の遺伝性疾患に関しては、遺伝子(DNA)検査で、病気の遺伝子をもつキャリアか、発症の可能性があるアフェクテッドか、遺伝性疾患の遺伝子を持っていないクリアかを調べることができます。
ブリーダーや販売者の努力が求められます
遺伝性疾患には、根本的な治療法がありません。ワンちゃんと長い時間を幸せに暮らそうと家族に迎え入れたのに、遺伝性疾患により悲しい結末になってしまうのです。
純血種の血統の発展と犬の健康は、両立すべき課題です。ブリーダーや販売者は「家族の幸せな時間を守る」ことまでを考慮し、遺伝性疾患をもつ犬を繁殖から外していくべきと考えます。また、遺伝性疾患が判明した場合、先祖や兄弟犬もさかのぼって調べる必要があります。ブリーダーや販売者とワンちゃんを迎えた家族が健康について連絡を密にできるような、そんな関係をもてたら素晴らしいと思います。
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